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御 蚕 様

秘 法 典

TRACTATE

野中友博

演劇実験室∴紅王国

 『家』には、精神の安息地としての面と、精神の牢獄としての両面があり、また、家名や血筋は、プライドや誇りを支える物であると同時に、それは謂れのない差別や偏見を助長したり、国家を一つの家父長制度に立脚する家族と捉える事で、戦争を含め、人の魂を拘束する共同幻想ともなった。

 この物語は、『家』を家族では無く、家系、家名とういう側面から、その呪術的な要素と、偏見に満ちた血筋幻想といった暗部から検証し、再認識する。『化蝶譚』に書かれた浅葱の家系「斑谷」、『不死病』の「御嶽」、また『人造天女』の「富良野」……或いは、その軛から解き放たれたいと願った人々の姓として用いられた増渕や永邑という名前さえ、一つのルーツへと統合されてしまうかもしれない。

 オシラサマは農耕の神であり、口寄せやイタコの予言と密接な、呪術的な神である。その起源は、馬と人間の娘の異類婚譚に始まる。

 諸説に共通するその謂れは、娘と父親の飼っている馬の恋いであり、父親は立腹して馬を桑の木に吊して殺す。馬の死を嘆いた娘は、死んだ馬と共に天に昇り、二柱の夫婦神であるオシラ神になる。その馬の吊された木は桑の木であり、後にはオシラサマによってもたらされた蚕が残る。それが養蚕の始まりとされる。

 オシラサマは、桑の木、稀に竹を削って顔を彫り、それに布を巻き付けた物が、男女一対で神棚の祠に納められる。オシラ神は、農耕の神であり、予言の神であり、馬の神であり、蚕の神である。「オシラ」とは蚕を意味する言葉なのだが、彫られた顔は、馬頭である事がしばしばであるという。

 柳田国男の『遠野物語』の中で、オシラ神を祀る大同という家の噺が出てくる。大同、もしくは大洞と書く。オシラ神の像は、件の馬を吊り殺した桑の木の枝から三つの像が造られたとある。一つは山口の大同家にあり、今一つが附馬牛村にあり、今一つは行方不明となっている。夫婦神であるオシラサマが三体作られたという事が既に妙な話だが、物語の舞台となる『家』には、即ち、この三体目、或いは三組目のオシラサマが祀られている。

 本来、御蚕様と書いてオシラサマと読んだりはしない。オシラが蚕の意味である事は確かだが、当てられた漢字は無い。異類婚譚から来る馬のイメージと蚕のイメージの重層化……馬は白馬であり、蚕の白、絹糸の白、そして繭の白を重ねる……『御蚕様』の舞台のイメージは、限りなく白い。黒い仏壇ではなく白い神棚のような空間をイメージする。

 その『家』は雪国にある。地方の特定はしないし、特に北をイメージはしない。しかし、その季節には雪によって閉ざされる……それも白のイメージ。降り積もる雪は、やはり音を発てる。

 最初に『家』の実質的当主の死。当主には勘当された兄がある。従って次男。本来は家督を継ぐはずではなかった。妻は先に病没している。娘が一人。娘は精神を病んでいる。老いた父親が居るかもしれないが、寝たきりである。兄の他に男の兄弟は居ない。妹たちは婿をとっているか、嫁いでいるか……いずれにしろ、その『家』は女が仕切っている。

 物語の冒頭で、当主は既に他界している。従って、最初の場面は葬儀である。喪主を務める青年の挨拶から舞台は始まる。喪主を務める少年……彼は当主の妾腹の子である。妾腹、と言うよりは、手を着けられた使用人の子、というような立場である。体裁を重んじた『家』から、いくばくかの手切れ金と共に追い出された小間使いの子供である。そして、その母も、既に死んでいるか、或いは、結婚の為に彼を手放したか……いずれにしても、生母と暮らした記憶は彼にはない。彼はいきなり呼び戻され、そしていきなり喪主を務めるという妙な体験をする事になる。

 その『家』は没落している。或いは、没落した直後。母屋は他人の手に渡り、使用人の住んでいた離れ、或いは別棟のような所に家族が暮らしている……或いは、オシラ神を祀っていた祠か社のような所が生活空間となっている。とは言っても、それでもかなり広い。もしも、民間信仰の中心となった場所であるなら、邑中の人間がそこに集まれたであろうからだ。舞台を神棚のイメージとするのは、宗教的権威をバックにした邑の名士と言うような、その家の権威付けの由来を視覚化する意図もある。

 ただし、その『家』は、代々オシラ神を信仰していた訳ではない。幕藩体制に入る前は、隠れ切支丹であったかも知れず、昭和が舞台となれば、例の『火本教』の信徒であったかもしれず、雑多な信仰の産物が骨董品屋の倉庫のようにちりばめられている……そんな部屋であるかもしれない。

 忌中の『家』の中では、当然誰もが喪服を着用している。精神を病んだ娘は、一人、純白の打ち掛けを羽織っているであろうか? そこには、恋人と無理矢理引き離された、オシラ神の由来を垣間見る事が出来る。彼女は、座敷牢のような場所に幽閉されている筈だが、壁を透過するように抜け出して、『家』の中を徘徊するのであろう。既に、座敷童のようなお化けである。

 葬儀に娘は列席していない。従って、妹夫婦達、呼び戻された青年と、彼を探し出し、『家』に連れてきた女……彼女は、『家』がまだ隆盛を誇っていた頃に預けられた遠縁の娘で一族の他人。青年と女は、些か冷ややかな目で、『家』を、一族を見ているであろう。そして、本葬が済んでから、勘当された長男が息子と娘を連れて帰還する。息子は知的障害を持っている。そして、この兄妹には、近親相姦の影がある。『家』の最も濃い血を受け継いだ者の誕生の予感……

 そして、発狂した娘の目にだけ映っていた屠られた恋人……白い軍服の兵士……の姿を、青年と女も見るであろう。この噺は、葬儀に始まって婚礼に終わる。